阿佐ケ谷物語 第1話
●出会い
幸子の楽しみは野菜や生鮮食品スーパーのユータカラヤと野菜専門スーパー高野かで食品を最安値で買う事だった。一度の買い物でそのニ店舗を2、3回は往復する。幸子の記憶力は鶏並みであったし、あからさまにメモを取っている人がいないから幸子もできない。
特に高野では親切で若くハンサムな男性店員がいる。
なにより、幸子の目を見て毎回にこっと笑顔を見せてくれるのがいい。
ある日幸子は高野で花を買った。他の店員は雑にカゴに入れるが、その男性店員はとても親切に幸子に渡してくれて、しかも手が触れ合ってしまい、幸子はもうメロメロだった。
幸子の他の楽しみは正午からみのもんたを観ることと、主婦仲間で他の主婦グループの悪口を言う事だった。
しかし、同じグループのチカは気に入らない。
ドイツ帰りを鼻にかけ、
いちいち何をするにも、何を話すにも「ドイツではこうだ」「ドイツではこうしない」「ドイツでは」「ドイツでは」「ドイツでは」
と「ドイツでは」を枕言葉のように言う。それを聞くたびにドイツに帰ればいいのに、と思う。それが唯一のストレスであった。他の仲間は人がいいのか、大人なのか、ああ、そうなんだあと軽く聞き流しているようであった。何より、彼女たちは夫衆から、チカと仲良くするようにと言われている。
目的は彼女の持っているフェラーリだった。
チカは傷だらけのフェラーリを阿佐ヶ谷の狭い路地で乗り回し、近所の人々からも煙たがられている。塀にぶつけるは、犬猫ははねるは、エンストするは、けたたましいエンジン音で暴走族よりうるさいは。
チカがフェラーリで走るたびにチカの財産も相当なくなっていくような気がするが、それは幸子の知ったところではないし、むしろ小気味よかった。
以前、チカの家に遊びに行ったとき、一緒に買い物に行かない?と誘われ、助手席に座らせてもらったが、酒屋に着くまでに1時間以上かかった。歩きの方が速い。しかも回りの冷たい目。あのフェラーリが軽蔑のまなざしで見られることがあることを『こち亀の中川』以外にも本当にあることを悟り、もう二度とチカの助手席には座らないと心に決めたのであった。
主婦仲間は夫衆から「傷だらけでもかまわない、乗らせてもらえるように頼んでくれ」と言われているのでむげにつきあいをやめられない。
チカも彼女の夫も何かのパクリ本を書いて一財産稼ぎそこそこ名も知れており、海外旅行はいつもビジネスクラスだという。いつかそのおこぼれにあずかれないものかとチカのグループの人は思い描いているのであったが、チカが仲間うちで一番けちであった。
おっと、チカさんの自慢話が多すぎたぜ、おっと、これはまた別のお話だった。
幸子の夫も二人でどうにか暮らして行ける収入をIT関係(幸子も詳しくはよくわからない)の職で得てくれているので幸子は働く必要がなかったし、幸子も働きたくはなかった。
ある日幸子が一人新宿へ買い物にでかけようと(予定:西新宿エルタワー前→コンランショップ、オゾン→ハイチでランチ→フランフラン→高島屋の紀ノ国屋→ハンズ→世界堂→紀ノ国屋→無印→伊勢丹、ジャン・ポール・エヴァンでお茶→タワレコ→その下のアフタヌーンティかサザビーかの雑貨屋)最寄り駅阿佐ヶ谷駅のホームで中央線を待っていると、東西線が滑り込んで来た。
赤いTシャツを着た背の高い栗毛色の髪の白人男性が何やらきょろきょろして困っているようであった。その男性が幸子の方に近づいて来て
「コノ電車ハ新宿駅ニ行きマスカ?」と聞いてきた。
きれいな容姿に幸子はどきまぎしながらも、まずは
「それはキバヤシですか?」と彼のTシャツを指差し聞いた。
男性は「オッオウ、コレはMMRのキバヤシではアリマセン、アキラの金田デス」と教えてくれた。
それから幸子は「次の電車ですよ」と教えてあげた。
阿佐ヶ谷駅はJRと地下鉄東西線が走っている。
それが幸子とクリスティアン・シュミット君との出会いであった。
阿佐ヶ谷に一番熱い夏が始まろうとしていた。
幸子の楽しみは野菜や生鮮食品スーパーのユータカラヤと野菜専門スーパー高野かで食品を最安値で買う事だった。一度の買い物でそのニ店舗を2、3回は往復する。幸子の記憶力は鶏並みであったし、あからさまにメモを取っている人がいないから幸子もできない。
特に高野では親切で若くハンサムな男性店員がいる。
なにより、幸子の目を見て毎回にこっと笑顔を見せてくれるのがいい。
ある日幸子は高野で花を買った。他の店員は雑にカゴに入れるが、その男性店員はとても親切に幸子に渡してくれて、しかも手が触れ合ってしまい、幸子はもうメロメロだった。
幸子の他の楽しみは正午からみのもんたを観ることと、主婦仲間で他の主婦グループの悪口を言う事だった。
しかし、同じグループのチカは気に入らない。
ドイツ帰りを鼻にかけ、
いちいち何をするにも、何を話すにも「ドイツではこうだ」「ドイツではこうしない」「ドイツでは」「ドイツでは」「ドイツでは」
と「ドイツでは」を枕言葉のように言う。それを聞くたびにドイツに帰ればいいのに、と思う。それが唯一のストレスであった。他の仲間は人がいいのか、大人なのか、ああ、そうなんだあと軽く聞き流しているようであった。何より、彼女たちは夫衆から、チカと仲良くするようにと言われている。
目的は彼女の持っているフェラーリだった。
チカは傷だらけのフェラーリを阿佐ヶ谷の狭い路地で乗り回し、近所の人々からも煙たがられている。塀にぶつけるは、犬猫ははねるは、エンストするは、けたたましいエンジン音で暴走族よりうるさいは。
チカがフェラーリで走るたびにチカの財産も相当なくなっていくような気がするが、それは幸子の知ったところではないし、むしろ小気味よかった。
以前、チカの家に遊びに行ったとき、一緒に買い物に行かない?と誘われ、助手席に座らせてもらったが、酒屋に着くまでに1時間以上かかった。歩きの方が速い。しかも回りの冷たい目。あのフェラーリが軽蔑のまなざしで見られることがあることを『こち亀の中川』以外にも本当にあることを悟り、もう二度とチカの助手席には座らないと心に決めたのであった。
主婦仲間は夫衆から「傷だらけでもかまわない、乗らせてもらえるように頼んでくれ」と言われているのでむげにつきあいをやめられない。
チカも彼女の夫も何かのパクリ本を書いて一財産稼ぎそこそこ名も知れており、海外旅行はいつもビジネスクラスだという。いつかそのおこぼれにあずかれないものかとチカのグループの人は思い描いているのであったが、チカが仲間うちで一番けちであった。
おっと、チカさんの自慢話が多すぎたぜ、おっと、これはまた別のお話だった。
幸子の夫も二人でどうにか暮らして行ける収入をIT関係(幸子も詳しくはよくわからない)の職で得てくれているので幸子は働く必要がなかったし、幸子も働きたくはなかった。
ある日幸子が一人新宿へ買い物にでかけようと(予定:西新宿エルタワー前→コンランショップ、オゾン→ハイチでランチ→フランフラン→高島屋の紀ノ国屋→ハンズ→世界堂→紀ノ国屋→無印→伊勢丹、ジャン・ポール・エヴァンでお茶→タワレコ→その下のアフタヌーンティかサザビーかの雑貨屋)最寄り駅阿佐ヶ谷駅のホームで中央線を待っていると、東西線が滑り込んで来た。
赤いTシャツを着た背の高い栗毛色の髪の白人男性が何やらきょろきょろして困っているようであった。その男性が幸子の方に近づいて来て
「コノ電車ハ新宿駅ニ行きマスカ?」と聞いてきた。
きれいな容姿に幸子はどきまぎしながらも、まずは
「それはキバヤシですか?」と彼のTシャツを指差し聞いた。
男性は「オッオウ、コレはMMRのキバヤシではアリマセン、アキラの金田デス」と教えてくれた。
それから幸子は「次の電車ですよ」と教えてあげた。
阿佐ヶ谷駅はJRと地下鉄東西線が走っている。
それが幸子とクリスティアン・シュミット君との出会いであった。
阿佐ヶ谷に一番熱い夏が始まろうとしていた。